世界一わかりやすい、音を大きくする話

Published Aug 2009, Revised Jul 2022

👋 はじめに

曲を作りたいという人と話をしていると、

「コンプって大切だと聞くけど、正直何のために使うのかよくわからない」

「音を大きくするものらしいけど、適当に使ってみたらなぜか音が小さくなった」

といった話題をよく耳にします。もし曲作りで1つしかプラグインを使ってはいけないと言われたら、 私ならたぶんコンプレッサーを選びます。それくらい、現代の音楽作りには重要なツールです。

そこで、重要なポイントだけ超わかりやすくまとめてみました。 そもそもコンプレッサーを使ったらなにが嬉しいのかを、 難しいパラメータ等をひとまず無視して実戦的に説明してみようと思います。

オーディオ全般に通用する話ですが、特に DTM でポップス曲をミックスする初心者の方へ向けて書かれています。 また、歌ってみたなどでオケにボーカルを乗せたい時も参考になるでしょう。

🎤 ノーマライズ編

音の素材は「ノーマライズされている」のが基本です。ノーマライズ済みとは、言い換えると 「その音素材(ファイル)の最もレベルの高い位置が 0db」になっている状態のことです。 波形編集ソフトで開いてみると、ノーマライズされているかどうかは一発でわかります。

ノーマライズは日本語で「正規化」や「標準化」みたいに書かれることがありますが、同じことです。

言葉にすると難しく感じますが、単純に、天井ギリギリまで信号レベル(音量)を上げることです。

図1 ノーマライズ

波形編集ソフトがあれば、「ノーマライズ」機能で「0db」または「100%」を選べば一発で完了です。 DAW によってはその機能もついていますね。

参考までに、 Audacity での例を挙げておきます。

ノーマライズ例

DTM などでミックスする場合、必ず自作の音素材(たいていボーカルやギターでしょう)には、 あらかじめノーマライズをかけるようにしましょう。全素材の基準が揃うことになるので、のちのち調整がやりやすくなります。

なお、プロが作った素材(DAW 付属の音源や素材集)はたいてい、あらかじめノーマライズされているので、特に気にする必要はありませんよ。

🔨 コンプレッサー編

今回の話は、次の2つの目的を併せて進めていきます(なにせ「実戦的」だからね)。

 1.音をクリップさせずに大きくする
 2.ある楽器のパート(今回はボーカル)を聴きやすくする

例として、次のように単純化した曲のイメージ図を用意しました(横軸は時間の流れです)。 あなたは、ポップス曲に歌を入れたいと思い、とりあえずオケにボーカルトラックを追加してみました。

図2 オケとボーカルを単純に打ち込んでみた状態

鳴らしてみると、「ボーカルの音がオケに埋もれてしまっているなぁ・・」と思うはずです(思って下さい)。

あなたは、「そうだ! とりあえずボーカルのレベル(音量)を上げればいいんだ」と考えるはずです(よね?)。 では、DAW のフェーダーをいじって、ボーカルのレベルだけ上げて、目立たせてみましょう。

図3 ボーカルだけレベルを上げてみたよ

うん、確かにボーカルがはっきり聞こえていい感じ・・。  ところが! サビの部分など、ところどころでボーカルの音がクリップしてしまいました(=音が割れた)。

DAW のマスターチャンネルで、クリップしたことを示す赤い表示(この例では 1.8db オーバー)が出ています。

クリップの例

音の信号は絶対に 0db より大きくはならないので、無理矢理大きくした部分が歪(ひず)んでしまいます。 「え、音って無限に大きくなるんじゃないの?」確かに現実世界の音はそうですね。 でも、機材や PC が扱う「電気信号(をデジタル化したもの)」はデータ量が決まっているので、無限の情報は詰め込めないんですね。

となると問題は、「音のレベルはできるだけ上げたいけど、クリップはさせたくない!」となりますよね?  そこで、ボーカルトラックにコンプをかけます。

コンプは2段階で作用します(ここ重要)。

【第1段階】レベルの大きい部分を、引き下げる(音をつぶす、だからコンプレッサー)

図4〜5 コンプのしくみ

ある一定以上のレベルの部分を、「山の形を保ったまま」圧縮していきます。山が小さくなればなるほど、 「コンプを深くかける」とか「音をしっかりつぶす」といった言い方をします。 乱暴に言ってしまえば、ところどころ目立ちすぎている部分を抑えるわけですね。

【メリット】音の最大レベルと最小レベルの差(=ダイナミックレンジ)が小さくなるので、聴き取りやすくなる (つまり、耳にストレスがかからない)。ラジオなんかの音声も、笑い声からささやき声まで全般的に聞き取りやすい ようにかなり深くかけてるようですね。

【デメリット】つぶしすぎると躍動感のないのっぺりした音になりますが、逆にそのほうが都合がいい音楽ジャンル・楽器・音素材もあります。

では、元のオケにそのまま単純に重ねて見てみましょう。こんな感じですね。

図6 ボーカルにコンプをかけた状態(まだ途中)

「えっ、これだとますますボーカルが埋もれちゃったじゃん! むしろ音が小さくなっちゃったよ!」

ええ、確かにその通り。しかし!「前より天井(0db)との間のスキマが広がっている」ことに着目して、次に・・。

【第2段階】コンプをかけたボーカルトラック全体を持ち上げる(レベルを上げる)

DAW のフェーダーで、ボーカルトラックのレベルを上げてみます。

図7 コンプかけたボーカルのレベルを上げてみたよ

すると・・ なんということでしょう! クリップさせずに、ボーカルの音だけ大きくすることができたではありませんか! (右の図2と比較しよう)

以上、2つの作業をコンプはいっぺんにやってくれます。便利ですね。

コンプを積極的に使えば、「音を整理」できるようになります。特定の音を自在に目立たせて立体感(奥行き)を出すことができるわけですね。 コンプの世界はとても奥が深く、「音作り」にも積極的に利用されます。 アタックを削ったりといった用途にも使用できます。プロは数十万円以上する機器を使うほど、重要なのです。

ちなみに、チャンネルに挿す場合のイコライザー(EQ)との順番ですが、「EQ → コンプ」と「コンプ → EQ」のどちらもあり得ます。 「EQ → コンプ」のほうが多数派のようですが、私はたいていコンプ → EQ にするほうがコントロールしやすいように思います。 ジャンル・楽器や好みによっても変わるようですから、自分の耳を信じるのみ、ですね。

ちなみに、よく「この曲は音圧が高いな」という言い方をしますが、全体的にコンプをガリガリに強くかけて、 多くの音を 0db に近づけた曲をそう表現します。波形の形から、「昆布」とか呼ばれます。それを通り越して真っ黒になると「海苔」に変わります。

参考 昆布状態!

🔨 リミッター編

コンプと同じくらいリミッターは重要です。 というか実はこの2つ、機能的には同じ仲間で、大きくみると「リミッターはコンプの特殊な使い方の1つ」と見なせます

円は楕円の特殊な状態、というのに似ていますね。

リミッターは、有無を言わさず指定したレベルまでぶっつぶして、ぴったりそのレベルに合わせてしまいます。

図8〜9 リミッターのしくみ

用途としては「絶対にクリップして欲しくない時」に使うツールです。なので、マスターチャンネルにはふつう必ず挿します。 たいてい、0db (や -0.1db)あたりに設定して、音の出口(プラグインのチェインの最後)に挿します。 それからエレキギターなど、ときどき高いピーク(音のレベルがとりわけ高い部分)が出やすい素材にも使ったりします。

ちなみにコンプを使っても設定次第で(ほぼ)同じ効果が得られますが、利便性のためと、音作りの用途の違いのために、別のプラグインという扱いになっているわけです。

コンプは指定した圧縮率に沿って、山の形を保ったままゆるやかに圧縮しますが、リミッターは過激です。 そのぶん、リミットがかかった前後はわりと不自然になりがちです。なので、音作りの道具としてはあまり使われません。 言ってみれば、コンプは「攻めのツール」、リミッターは「守りのツール」です。

また、コンプとリミッターを同時に使うこともよくあります。というか、ヘンな話ですが、 例えば私が使っているコンプには、コンプの中にリミッター機能があります(ややこしい)。

より積極的な使い方をする例としては「マキシマイザー」や「ファイナライザー」といった別のエフェクトとして扱われます。

➡️ 次のステップへ

今回はボーカルを例にとりましたが、全ての楽器で同じ事が言えます。

「音を前に出す(目立たせる)」にはコンプが必須です。ポップスなどは音がたくさん鳴っているので、 ボーカルやリード楽器(ギター・鍵盤など)を音の海から目立たせる必要があります(=メリハリをつける)。

「音を目立たせる」ことは、単純に「音のレベルを上げる」ことではないということを感じて頂けたなら、幸いです。 次の段階として、楽器ごとにパラメータを変えたり実験をしてみるとよいでしょう。

🍭 オマケ

コンプありと無しでどれくらい印象が変わるのかの参考に、短い音源を用意してみました。 私もそんなに使いこなせていませんし、ミックスは勉強中なのでお遊びとしてひとつヨロシク。

両方ともノーマライズを100%(0db に合わせて、つまり最大限)かけてあります。 ポップス曲としては、それほどコンプをかけていない部類に入るので、少しわかりにくいかもしれません。 できればヘッドホンでどうぞ。

【コンプなし】すでに完成している曲からコンプ類をオフにして、バランスを調整しなおしてみました。

コンプ無しの波形

【コンプあり】オリジナルのものです。

コンプありの波形

いかがでしょうか? コンプ無しだとやはりキツいですね、これくらいが限界です。それだけ単体で聴いてみると わりと違和感ないというかそれなりなのですが、聞き比べるとだいぶ印象が変わることがわかると思います。

コンプ無しのものは、なにか手前に壁があるように感じませんか? 音自体はクリアなのに・・。 コンプを使うと、特定のトラックの「音を前に出す」ことによって、立体感を持たすことができるわけですね。